今さらだけど、ふと考えることがある。なぜ僕は、まだシンガポールにいるんだろう? 振り返れば、日本へ帰るタイミングなんて何度もあった。
・コロナで専門領域のビジネス・マーケットは大きな影響を受けた
・シンガポールの就労ビザも年々厳しくなった
・起業するときには一度日本へ戻った。それでも、僕はまたシンガポールへ戻ってきた
また海外に住む日本人には、本当にいろいろな人生がある。
・現地で結婚し、この国が故郷になった人
・海外生活が長すぎて、日本より海外のほうが自然になった人
・数年住んで、やっぱり日本が一番だ、と帰国する人
・帰りたくなくても、ビザの期限で帰らざるを得ない人
どれも間違いではない。そして、僕にも何度も「帰る」という選択肢はあった。それでも帰らなかった。
ニューヨークでの挫折
そもそも「海外挑戦」という言葉は、少し格好をつけすぎているのかもしれない。海外に住む日本人は、人口全体から見ればほんの一握りだ。だから、海外へ行こうと声高に言うつもりはない。でも、一度くらいは日本の外へ出てみてほしいと思っている。住む必要はない、旅行でもいい。もしかすると海外で嫌な思いをするかもしれない。でも、その経験も含めて、自分の国を客観的に見ることができる。他と比べて初めて、日本の素晴らしさにも気づける。だから僕は、海外へ出たことがないまま、日本が世界一だと断言する言葉には、あまり説得力を感じない。
話を戻そう。では、なぜ僕はこんなにも長く海外/シンガポールにいるのだろう。愛媛で過ごした18年を除けば、シンガポールは人生で最も長く住んだ街になった。実は、最初からシンガポールが目的地だったわけではない。僕の目的地は、ずっとニューヨークだった。大学を卒業した22歳の僕は、本気でアメリカンドリームを信じていた。「世界で勝負するなら、日本で新卒採用なんて受けている場合じゃない。」今思えば、漫画の主人公みたいなことを本気で考えていた。もちろん、現実は甘くない。英語もできない、職歴もない、コネもない、そんな青年をニューヨークは簡単には受け入れてくれなかった。それでも約3年間、必死にもがいた。祖国を飛び出した以上、何も成し遂げずには帰れない。そんな意地だけで生きていた。でも、ある日悟った。今の弱い自分では、この街は突破できない。そう認めて、日本へ帰国した。帰りの飛行機では、もう二度とニューヨークへ戻ることはないと思っていた。
シンガポールに来た経緯
ところが人生は面白い。大阪、東京で営業として約6年間働く中で、海外転職という道を知った。直感的にニューヨークへ戻るには、まだ実力が足りないと思った。あの街は本当に厳しい街だからだ。だったら先にアジアで経験を積もう。そうして選んだのがシンガポールだった。正直に言えば、シンガポールは目的地ではなかった。ニューヨークへ戻るためのトランジットだった……そのトランジットが、気づけば8年である。随分長い乗り継ぎだ。でも、この8年間は人生で最も濃い時間だった。
・海外勤務
・海外MBA取得
・そしてシンガポールでの起業
8年という時間は誰にとっても同じ長さなのに、振り返ると何十年分も生きたような気さえする。シンガポールにいるとニューヨークは諦めたの?そう聞かれることがある。答えは、まったく諦めていない。むしろ、今のほうが本気だ。そのために立ち上げた会社が CanCan だ。シンガポールでは “Can Can”は、「もちろんできるよ」「大丈夫」という意味で毎日のように使われるシングリッシュ。僕はこの言葉に何度救われたか分からない。挑戦して、失敗して、また立ち上がる。そのたびに、自分へ言い聞かせる、”Can Can”。だから会社名もCanCanにした。雑誌のような名前だねっと、面白おかしく言ってくれる人がいっぱいいたw それでもニューヨークでIPOすることを目指した。そんな無謀に聞こえる夢を掲げ続けられるのも、この言葉のおかげかもしれない。
ホームランには夢がある。だからフルスイングしろ!
このブログを書きながら、自分でも気づいた。なぜ僕は、まだ海外にいるのか。理由は案外シンプルだった。まだ、日本の外にやり残したことがあるから。日本の将来を見据えて、人口減少だとか、海外市場だとか、そんな立派な理由ではない。えらく個人的な理由で、ただ、22歳の頃にニューヨークへ置いてきた夢を、まだ迎えに行けていないだけだ。
正直、海外挑戦を誰にでも勧めたいとは思いません。海外は楽しいことばかりではありません。むしろ苦しいことの方が多いかもしれません。僕自身、その大変さを嫌というほど味わってきました。でも、一度くらいは人生で思い切りバットを振ってみてフルスイングしてほしい、挑戦してほしい。それが僕はたまたま海外だったというだけ。挑戦は何でもいいと思う。起業でも、転職でも、新しい街に住むことでもいい。そして、フルスイングすれば三振するかもしれない。いや、三振する可能性の方が高いかもしれない。案の定、僕はニューヨークで、思い切り空振りしましたw それでも、もう一度バットを握りました。今度はシンガポールで。そして相変わらずニューヨークを目指しています。最後に、僕が好きな言葉があります。愛媛の高校野球を長年率いた、上甲正典監督の言葉です。「ホームランには夢がある。フルスイングしろ。」野球は、現実だけを見ればバントや単打を積み重ねるほうが勝てる試合も多いのかもしれません。それでも僕たちは、スタンドへ飛び込むホームランに心を躍らせます。そこには、人をワクワクさせるドラマや夢があるからです!!


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